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札幌高等裁判所 昭和29年(う)633号 判決

控訴人 被告人 丹肇

弁護人 林信一

検察官 高田秀穂

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人林信一および被告人提出の各控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

被告人の控訴趣意のうち(一)について

本件記録によると、原審が昭和二十九年一月二十五日本件被告事件から被告人柄沢とし子を分離して審理する旨の決定をなし、本件については、被告人だけが審判されたことは所論のとおりである。しかし刑事訴訟法第三百十三条第一項によれば、裁判所は適当と認めるときは、いつでも弁論を分離することができる旨を規定している本件においては、被告人柄沢とし子が病気のため相当長期間公判期日に出頭することができないことが明らかとなつたので、原審が同法第三百十四条第二項に従い、同被告人に対する本件被告事件について公判手続を停止する旨の決定をなし、これと同時に前記のように弁論を分離したことが本件記録に徴し明らかであるから、かような場合に弁論を分離するのは適当な措置というべく原審には訴訟手続法上間然するところはない。従つて、本件弁論の分離を不当とする所論は、理由なく到底採用し得ない。

弁護人の控訴趣意第一点(審理不尽)の(1) および(2) について

おおよそ国政に関する調査の権能は、国会両議院に属しその調査のため、証人尋問、記録の提出要求を行うことのできることは憲法第六十二条により明らかであるが、これ以上の強制力を有する住居侵入、捜索、押収、逮捕のごときは許されていない。蓋し国政調査権は、刑事司法活動ではなく国政の調査を目的とするものであつて、これを逸脱するような強力な手段は到底これを許容することができないからである。しかも、なお国政調査権は、憲法上保障された国民の基本権からの制約を受け、これを侵害するような強力な調査は、否定されるものというべく、調査の方法として派遣された議員といえども同一であつて、かような強力な調査権は有しないものと解すべきである。

されば、本件において当時、柄沢とし子が衆議院議員であつたこと所論のとおりとしても、原判決が認定した事実は、被告人が柄沢とし子と共謀して、故なく三菱鉱業株式会社大夕張鉱業所用地内の建造物である進発所に侵入したというにあつて、その挙示する証拠によれば、柄沢とし子の右立入が同所の看守責任者である同鉱業所勤労課長代理佐々木篤寿の意思に反し、その他何人の承諾をも得ていないこと、および右立入を許容しなければならない何等特段の事情もなかつたことが認められるから、前説示に照し、柄沢とし子の本件所為は、明らかに憲法の保障する住居権の侵害となり、又かりに同人に調査のための権能があつたとしても、前記のようにその行使のために強力な手段を用いるが如きは、不当な調査方法であつて、到底正当な職務行為とはいい得ないから、刑法第三十五条によつてその違法性は阻却されることとはならない。従つて、原審が右事実を認定するに当り、更に進んで、同人が所論のような調査の権能を有していたか否を審理しなかつたとしても、原判決には審理不尽の違法はない。

同(3) および被告人の控訴趣意のうち(二)について

被告人がかりに所論にいうように本件鉱業所の従業員の地位を有しているとしても、正当な事由を有しない限り、立入禁止箇所に紊りに侵入することは許さるべきではないところ、原判決挙示の証拠によれば、被告人は、本件当時すでに解雇の通告を受け、事実上稼動に従事していなかつたが、偶々柄沢とし子の意を受けて、稼動するためではなく、単に同人をその欲する場所に伴うべく、一般稼動を目的とする者以外の立入を禁止した趣旨と看做される本件進発所に侵入したことが認められるから、被告人のかかる行為は、もとより正当な事由にもとずかないものというべく、従つて、その従業員の地位を保有すると否とを審理するまでもなく、原判決が前掲証拠によつて原判示事実を認定しても、審理不尽の違法はない。右論旨は理由がない。

同第二点(事実誤認)について

所論は、要するに原判示事実の犯意を否認し、事実誤認を主張するのであるが、原判決挙示の証拠を総合し検討すれば、原判示事実を優に認定でき、その他記録を精査するも、原判決に事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし、同法第百八十一条第一項本文に則り当審における訴訟費用は全部被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原和雄 裁判官 水島亀松 裁判官 中村義正)

弁護人林信一の控訴趣意

第一点審理不尽の違法がある。

(1) 原判決は被告人が柄沢とし子と共謀して建造物に侵入したと認定しているのであるが、本件における主役は柄沢であつて被告人はその道案内若しくは従者の如き形をとつていた事は記録に徴し明らかなところである。ところが、建造物侵入罪が成立する為にはその侵入目的が故なきもの、違法なものでなければならない。従つて柄沢において正当目的があるならばこの点に於て本件侵入罪はその構成要件を欠くものといわねばならぬ。柄沢は衆議院議員及び労働委員として労働者の実情調査並びに国会の報告に来たと云つている(吉村、川越各証言)。而して柄沢が当時右役職にあつたことは公知のことに属する。然らば柄沢が右身分、地位において適式に調査に来たものとすれば本件はそもそも成立する余地がない。従つて同人が果して国会法第一〇三条衆院規則第二五五条の定めに基づいて適法に調査の為に来たものか否かを審理しなければならない。にも拘らず柄沢及び被告人に右事実につき釈明を求めることもなく、却つて柄沢についての公判手続を停止したまま、被告人に「故なく」建造物に侵入したりと認定したのは審理不尽たるを免れない。

(2) のみならず国会議員は本来その職責遂行上広汎な行動の自由が保障されていると見るべきである。柄沢が国会の労働委員として労働者の労働条件を調査視察し及国会報告を為すことは憲法第四十一条の立前からいつてそれは権利であり且崇高な義務ですらある。従つて柄沢が右の範囲内の職責にもとずき本件建造物に立入つたとするなら刑法第三十五条により当然免責される筋合である。この理を看過し本件立入行為と右柄沢の職務行為との関連を明らかにすることなく、直ちに違法なりと断ずるのはこれまた審理不尽たるを免れない。

(3) 更に被告人はレツトパージによつて解雇されたものであるが同人は右解雇の効力を争い未だに従業員の地位を保有していると観念している。この点同人は自ら積極的に解雇無効確認等の民事訴訟をその資力のために提起することを得ず会社から社宅明渡の訴訟を応訴するという形で争つている。右明渡訴訟はその前提として解雇の効力の有効、無効が争われること云うをまたない。而して本件進発所は従業員として労務提供の為に立入ることは当然従業員としての権利であるが、若しくは労務者が右目的で立入ることは初めから看守者の推定的承諾があるものと見るべきである。従業員が会社敷地内の本件進発所に而も稼働の目的で入るに一々許可を要するとすることは到底首肯出来ぬところであり、又許可を要するとしてもせいぜい従業員の家族及その他の者に要求されるに過ぎない。従つて被告人が解雇の効力を争つている限り、また確定的に従業員の身分を喪失しているものでない以上、同人が右進発所に立入ることは何ら咎められることではない。然るに原判決は被告人の従業員としての地位及び同人が如何なる目的のために立入つたかも明らかにせず、直ちに「故なく」侵入したと認定したのはこれ亦審理不尽のそしりを免れない。

第二点事実誤認。

本件記録及原判決挙示の各証拠によつても、故なく侵入したとの事実は出て来ない。即ち被告人らは本件建物に平穏に立入つているのであつて制止された事実はない。ただ立入つた後に退去を求められたにとどまる。咎められるとすれば不退去に求められるべきであつて、この点原判決は事実誤認している。これを再言すれば被告人らの立入目的が正当なものとすれば、被告人らに於て立入ることにつき看守者の推定的承諾があり且立入権があるものと信じているのであつて犯意はないのであるから、右立入が違法なる為には立入の制止の事実が存しなければならぬところと思料される。

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